Takeshi YONEDA

代表取締役CEO 米田 健史

・1986年3月5日生

・北海道大学法学部卒

・2009年4月 野村證券株式会社入社

・入社後、錦糸町支店に配属。2年半の勤務を経て人事部付で新卒採用業務に携わる。2012年より横浜支店で2年間勤務し、2014年より4年間組合専従。2016年の夏からの2年間は執行委員長を務める。執行委員長の任期満了に伴い、「自身が最も好きなとかち帯広で、地域に貢献できる仕事がしたい」と会社に希望を伝える。

・2018年9月 とかち帯広営業所に配属

・2020年3月 野村證券株式会社を退社

・2020年4月 株式会社そらを設立

  • 大学時代に何度も十勝へ。

    生まれてから19年間東京で育ち、中学・高校はラグビー部でキャプテンを務めていました。勉強もスポーツも好きで、昼は部活で夜は塾に通う毎日でした。北海道大学に進学してからは、北海道の食と豊かな自然の魅力に惹かれ、北海道生活を満喫していました。知床の北こぶしというホテルで住み込みのアルバイトをしたり、高校野球のピッチングマシンを修理するために稚内まで行く等、長期休暇になる度にアルバイトをしながら全道を周遊していました。この時に何度も十勝を訪れており、自身にとって大好きな場所になりました。何よりも食べることが大好きなのは、生まれてから今に至るまで変わりません。
    2009年に野村證券に入社し、厳しくも深い愛情のもと育てていただきました。社会人としてのスタートが野村證券であったことは、自分の可能性と力を拡げてくれたと考えています。大学を卒業する時は学生気分が抜けず、仕事や世の中を舐めていた部分がありますが、仕事を通じて世の中に価値を提供していくこと、それに伴いお金を頂くということはどのようなことなのか、自問自答する時間が増えました。

    仕事は、自己表現の手段。

    何のために働くのか?家族のため、生きるため、富や名誉のため・・・等々答えは人それぞれ違うと思います。価値観も事情も皆違うのでこの問いに対する正解は無いのですが、僕は「仕事=自己表現の手段」と考えています。いくら報酬が高くても、自分が納得できるような仕事でなければただ虚無感ばかりが残ってしまいます。仮に周囲から称賛されるような仕事をしたとしても、自分を一番厳しく評価するのは自分自身であり、自分自身を納得させるような仕事がしたいと考えて働いてきました。その想いは今も同じです。社会の一員として、自分の仕事を通じて、世の中・地域の発展に貢献したいと考えておりますし、仕事を通じて関わって下さる方々に、「米田と仕事をして良かった」、「米田と出会って良かった」と思っていただけるよう全力で取り組みたいという想いを大切に仕事をしてまいりました。

    「目線は高く、夢は果てしなく皆で仕事をしていこう」と思った

    会社を立ち上げた理由はただ一つ。「十勝のことが好きだから」です。自分が一番好きな場所で、その場所に貢献できる仕事に全力で取り組んでいきたいと思ってきました。十勝の空は広くて青いです。スッキリと晴れた日に日高山脈の方に向かって運転している時は最高の気分になります。そんな十勝の空が大好きで、“この空を裏切らない仕事をしたい”、“目線は高く、夢は果てしなく皆で仕事をしていこう”との想いから、株式会社そらという名前にしました。一緒にやる仲間として真っ先に頭に浮かんだのは、大学時代の親友の林君と、野村證券時代共に働いた水野君です。2020年1月初旬に彼らに声を掛け、3人でスタートを切ることが決まりました。その後コロナが猛威を振るったこともあり、当時立てた計画を白紙にして、十勝でどのような事業に取り組んでいくか3人で議論を重ねました。4月上旬に彼らが十勝に移住してから、毎日が記憶に残る思い出です。

    十勝の「地域内総生産」の拡大に向けて

    事業に関わる経営判断をする上で、僕は“その事業を通じて十勝の地域内総生産(国で表すとGDPの概念)にどれだけ貢献できるのか”を最も重視します。これから株式会社そらは事業創出や事業拡大の施策を繰り出していき、それに伴い雇用を創出し、移住者や観光客の増加を促していきます。そのことで十勝における消費が促進され、十勝への各種納税額も必然的に増加します。そして僕たちが全国から頂いた収益は、全て十勝の更なる発展に向けて十勝に投下することで地域と共に成長していく循環を創り出します。このように、十勝の発展に貢献し、十勝と共に成長していく会社でありたいと考えております。

    BOARD MEMBER